for sibs ~兄弟姉妹を自死で亡くした人の語り場 in Nagoya~
私たちは兄弟姉妹を亡くした人同士の「分かち合い」の会の主催を目的として立ち上げた任意団体です。
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緩和。
私は祖父が大好きだ。もう10年以上前に亡くなってしまったが、過去形ではなく、「大好き」なんだと思う。おじいちゃん大好きっ子だ
(*~∇~)

祖父は分かったときには末期がんで、余命半年と宣告されたが、本人は知らないまま亡くなった。まだインフォームド・コンセントとか、緩和ケアとかそういうものは確立されていなかった時代だった。

今、病棟から見える緩和ケア病棟を見ているといつも思う。

もし、祖父が今生きていて、緩和ケア病棟があって、「残された時間の生き方」を選択できるとしたらどちらを選ぶだろうか。私には分からない。

我が儘を言うなら、きるなら、苦しまず、楽な時は一緒に出掛けて、苦しいときだけ治療をしてもらって…、つまり「緩和ケア」を私は祖父に望んでしまう。



「分かち合い」というのはある意味「緩和ケア」に似ている、とふと思った。

「根本的な悲しみ」は消えることはないけど、「ふと来たくなったとき」「やたら兄弟のことを思い出しそれを分かち合いたいとき」「まだ、ひとりで対処するには辛いとき」、来たいときに自由に来て、そしてちょっと元気になって、その人の日常に戻る。

迂闊なことはいえない。けど分かち合いもある意味で、ほんとの緩和ケアよりずっとずっと物理的に楽ではあるけれど、精神的な緩和ケアに似ているかもしれない、と思った。

by ichika

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[2013/06/23 07:24] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
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コメント
自分、大のおばあちゃん子でした。小学生の時亡くし、初めて悲しい経験をしました。それから、数年前では、祖父を在宅介護で、見送りました。最後らへんは、病気になり苦しい姿を見てたら、たまりませんでした。亡くなる数日前から、祖父は、自分や父親の手を握ってきて、強い力で、離そうとしませんでした。また、自分には、空中に祖父が文字を書いて、何かを伝えようとしてました。喋れない状態でしたから、ありがとうでも、感謝の気持ちを伝えたかったと思っています。
[2013/06/23 08:57] URL | 愛 #- [ 編集 ]
コメント読んでるだけで、情景が浮かんでくるようで泣けてきました。

最期に、自分は笑って死んでいけるだろうか?うちの祖母はとても笑顔で、祖父や弟は苦しそうな死に顔でした。それは何を意味しているのでしょうね。

豪華客船の旅の途中、好きな人と、いい人生だったね、と老衰していき、骨を海に散らしてもらうのが自分の昔からの夢です。
※タイタニックより、もっと前から思っていたのをご了承下さい。
[2013/06/23 15:29] URL | nue #- [ 編集 ]
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for sibsとはfor siblings(兄弟・姉妹たち)の略です。自死遺族は一人一人さまざまな想いを抱えています。私たちはここ名古屋で、兄弟・姉妹を亡くした人たちのアウトプットの場所を作ろうと思い、自死遺族の二人でこの会を結成しました。

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