for sibs ~兄弟姉妹を自死で亡くした人の語り場 in Nagoya~
私たちは兄弟姉妹を亡くした人同士の「分かち合い」の会の主催を目的として立ち上げた任意団体です。
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ひこうき雲
『風立ちぬ』にも使われているユーミンの『ひこうき雲』。

歌詞の意味を検索してみると、様々な解釈が飛び交ってて、どれが本当か分からないけど…



高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも 若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ

空に憧れて 空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲


この部分を初めて聞いたときは、自殺しちゃったのかな、と思っていました。

「ほかの人には わからない
あまりにも 若すぎたと
ただ思うだけ」

この部分は、すごく共感します。ほんとに「若すぎた」なあ…って。

でも、弟にはいろんな思いがあって、死ぬ時に何を思い、正確にはどうやって死んでいったのかも(検死で「死因」は理論的には聞いていても)「他の人には分からない」。

この曲を聴くと、めちゃ泣いちゃいます
.゚・(PД`q)・゚.

by ichika
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[2013/08/31 09:00] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
ヒカルの碁について
「ヒカルの碁」という漫画、私は大好きで、最近やっと全巻読みました。
絵もとてもきれいで芸術的ですが、話もよくできているし、登場人物がとっても芸術家気質で、
音楽の世界に生きてきた私は、わかるな~~~というところが多々あります。
アスリート精神っていうか、アーティストのインスピレーションとか、プロ意識?スポーツも芸術も、そして囲碁も、通じるものがあるんだなと思った作品です。

この物語は、ヒカルという少年に佐為っていう霊がとりつく所から始まります。
ネタバレになりますが、その佐為が突然いなくなるのです。
何年も毎日一緒にいた佐為が突然いなくなり、ヒカルは佐為を探しまくったあげく、佐為は自分のせいでいなくなったのだと気づき、絶望し、囲碁を打たなくなるんですが、
もうこのシーンが共感しまくりで泣けてしょうがないんです。
ものすごい喪失感と、自責の念と、そして囲碁をやめてしまう気持ち。。。
私もそうなんです。私はパリで音楽を勉強していたのですが、兄が死んでから
「私がパリでのうのうと暮らしていた時兄は死ぬほど苦しんでいて、日本に帰ってきて助けようと思った時には遅すぎて、その二ヶ月後に死んでしまった」という事に気づいた時、それはもう、
もうとても音楽なんてできないと思いました。

でも、ヒカルは自分の囲碁の中に佐為がいる事を発見し、囲碁を再開するのです。
私は、そこまでは到底思えないんだけど、やっぱりいつも音楽に帰ってしまう自分がいて、
それと、兄が関わっていた「教育」という分野を複合させて、
音楽教育という結論に至った訳ですが。
私にとっては、音楽も、家族も、兄の事も、欠かせない自分史であり、宿命であり、しがらみであり、依存であり、どこかで生き甲斐なのです。

このヒカルの碁では、その後、ヒカルの夢の中で佐為が登場します。
懐かしい笑顔で黙っているだけの佐為に、「なんで急に消えたんだ?!ああだから?こうだから?!」と問い詰めたあと、「消えた時、どんな気持ちだった?悲しかった?」と聞き、それでも黙ってほほえむ佐為に「今みたいに、笑ってるといいな」と言うのです。
私にはこの部分がまだない。家族や兄の夢を見るときはいつも悪夢で、寝ながら暴れていたり、金縛りにあったり、起きたら泣いているのはいつも。
そんな漫画みたいなさわやかな夢は見れないのですが、いつかそんな夢の中で出会いたいものです。

by mimi
[2013/08/25 21:40] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
亡き人の在りか
先日、ストレスに関する本を読んででいて、その中で「家族の死」というストレスについて触れてありました。

家族でも親しいほどストレスは強く、ストレスの中でも最上級のストレス度にランクするわけですが…。

「亡き人が、自分の心の片隅で微笑んでいる」、そんな存在になったら、心理的な喪からの回復ができた状態で、最低一年はかかる、と書いてありました。

片隅で微笑む、何年も経った今でもまだ私はそこまではいってないなぁ、と思いました。だいぶ穏やかにはなってきたけど、悲しくて泣きまくることもたまにあるし、思い出して涙が出ないことはほとんどありません。

いつか、片隅で微笑む、そんな存在になるのかなあ。まだまだ私には自信ありません
.゚・(PД`q)・゚.
[2013/08/25 09:51] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
「忘れる」こと
ちょっと前から流行ってる「だんしゃり」「片付けてられない女たち」、なんてのがありますが、思い出も一緒だと思います。

自死した人の写真や形見も、それを見ることで幸せや懐かしさを感じるなら大切にすればいいし、辛いだけ、苦しいだけなら処分するか、いつか見たくなる日が来るかもしれないからちょっと仕舞っておくのもいいかも、なんて思います。

私の場合は、弟のアルバムを作ったのと、一枚だけ写真を飾ったのと、弟が壁に貼ったお勧めのレコジャケです。いつでも見れるように、目に触れるとこに全部あります。

考えてみれば、今ぐらい穏やかに思い出だせるようになるまでは、ほんとに苦しかったなあ。うまくセルフケア出来ずに、何年も苦しんで、自死遺族の会を知ってちょっと解放されて、でも苦しくて…。

何が自分の救いになったんだろう。纏めてからまた書こうと思います。
[2013/08/24 06:21] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
仕方のない事
私はSNSのプロフィール写真を兄の写真にしたりしています。
悲劇のヒロインぶってると思われるかも知れない、とか、
なんでそうしてるのかとか、
色々連想されるかも知れないけど、してる本人は深く考えてなくて、
ただ頭の中は今でも大半お兄だし、大好きな人だから、自然にそうしてるだけ。
ある意味、助けてやれなかった罪悪感とか、自分への戒めもない訳じゃないかもしれないけど。
まぁ、理由云々以前に、なんか自分の中では自然なことなのだ。

周りで知らない人は当然、彼氏?とか聞いてくるけど、お兄やでーと素直に、勇気を出して言うと、案外ああそうなんだ程度で終わる。
最初は聞かれる度にドキッとしてたけど、聞きたくなるのも仕方のない事だから、相手の気持ちも分かるし。

でも最近知り合った子が、同じ質問をしてきたので、お兄だよと答えると、なんで?!すごいねーと爆笑された。
まぁブラコンだとでも思われたんだろうけど、実際ブラコンだし、まぁいいやと思って「そうだよ、だって仲いいむん」と言って終わらせて、
自分がさらしてるんだし、相手は事情を知らないんだから仕方ないと自分に言い聞かせた。
その為に写真を変えようとも特に思わなかった。

ただその子は、どうしても理解出来なかったのか、
今日その子を含め皆でご飯を食べていた時、
「mimiはすごいんだよーSNSの写真とかもお兄ちゃんにしてるんだよ」と皆の前で話題に出し、また爆笑しだしたのだ。
私は、その場でもその子を必死に理解しようと努めて、「いやー仲いいからさ」とかわした。
そこで、「死んだんだよ!馬鹿にするな!」と怒ったり悲しんだりしたら、その場の空気を壊すし、その子もとても傷付くと思ったから。

私も、その時はそんなに意識しない様にしていたが、
家に帰って、少しうつらうつらしていたものの、悔しさや悲しさで涙が止まらなくなり、今も眠れない。
多分自死遺族でない旦那に話しても「それは自分がプロフィール写真にしてるからでしょ」と言われるだろうと思い、
一人で消化するしかないこの痛みを、今ここでこうして抱えている。
自死遺族にしか分からないだろうなぁ、この気持ちは。
またこうして私は、周りとの距離を置くのだ。


こういう日は、鬱病が極限だった時期を思い出す。
もうああなりたくはないという恐怖心、焦りから、パニックになりそうになる。
今までお兄を失ってからの月日の苦しみを思い出すと、その何年間をも笑われたかの様に感じる。

やっぱりお兄のいないこの社会にいるのは無理だ、死んでしまいたい、死のうかな…
とまた自殺をかんがえる。

でも同時に、自責の念から、お兄はもっと苦しんだのだから、私ももっと苦しんでしまえ。という気持ちもある。

そして、相手を恨んではいけない、悪気はなかったんだし、外国じゃあるまいから兄弟愛をさらけ出さない、ここ日本の文化でもあるし、多少気持ち悪く思う人がいても仕方なかったんだ、と言い聞かせる。

涙をダラダラ流しながら、色んな気持ちが交差する。
こういう時の涙は、心から血の涙が出ている感じがするな。

by mimi

[2013/08/22 03:15] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
「お葬式」
弟のお葬式は、弟を安置してくれていた警察でやらせてもらった。

警察の人は皆親切で、お坊さんの手配もしてくれて、ここでお葬式やってもいいよ、って。

弟がすぐに発見されたのは奇跡的だった、と警察の人に言われた。

普段はほとんど誰も通らない山道。その日はたまたま、滅多にない強盗事件があって、その道を通ったらしい。

弟が、私達が困らないように、死んでからも色々手配してくれたのかな。

本当に悲しんでくれる人だけで見送るのが弟は嬉しいんじゃないかな、と思って、家族と、弟の親友だけで見送った。

火葬場も、警察の人が手配してくれた。棺の中の弟が焼かれる瞬間、絶望感、もう会えないことに改めて気付いて、「焼かないで!」って思って、思わず弟の名前を叫んだけど、焼却炉は閉じてしまい、その後そこから出てきた弟は真っ白な骨だけだった。

これが弟?さっきまで弟の姿だったのに。

意味が分からなかった。私も家族も弟の親友も泣きながら、弟だったものを壺に入れて…。

何をやってるのか分からなかった。

その後、納骨に地元に戻ると、お墓に何十人もの弟の友人が集まってて…。

今でも弟のことを忘れずにいてくれる人はどのぐらいいるだろう。

「人が死ぬのは、忘れられた時」とかってゆう、ワンピースの冬島に出てくるDr.ヒルルクの言葉は、本当かもしれない、と沁々感じる。
[2013/08/20 22:57] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
「弟の部屋」
「弟の部屋」、今は私の衣装部屋になっている。

弟が亡くなった後、そのままにしておきたい、と言った私に、「悲しすぎるから」と周りは反対したけど、今は感謝している。

きっと、あのままにしていたら、毎日辛すぎるから。

でも、部屋の至るところに弟が使っていた痕跡があって、見つける度、嬉しくて悲しくて、確かに生きていたことを実感する。

車の中で、弟が死んでいる、と警察から連絡があって、意味わからず、何がなんだか放心したまま、吐きそうになりながら、何時間もかけて夜中に隣の県の警察に行って、遺体確認して、現実なんだと分かって、家に戻ってきて…何度も何度も絶望した中でも、家に着いて弟の部屋を見た瞬間の絶望感は、たぶん一番絶望感を感じたうちのひとつだった。

音楽が大好きで、あえてレコードで聴いてて、そのレコードがいくつも、CDも何枚も散乱してて、ベッドは布団の脱け殻の形のまま。大好きだった服もハンガーに掛けっぱなしで。

普通に帰ってきそうな、いつもと変わらない弟の部屋なのに、「もう二度と帰ってこない」虚無感、絶望感、絶望の絶望のドン底、悲しいとか苦しいとかじゃ表せない感情を感じた瞬間だった。

今、このブログを書きながら、弟の部屋に寝転んでいる。寝転んでみたくなったから。

私よりも背の高かった弟が、灰になってすごく小さくなっちゃった。

でも、今でもほんとに死んじゃったの?って時々思う。

今生きてたらどんなんだろう。もう結婚して子供もいるのかな。それともまだPARCOで働いてるのかな。店長になってるのかな。

考えても答えなんて出ないのは分かってる。でも、もしかして、夢の中で答えが見つかるかも、なんて思いながら感傷に浸っている。
[2013/08/20 22:34] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
「強いね」
「強いね。私だったら耐えられない」

弟が亡くなった後、会社の同僚に言われた言葉です。

「自分だったら、仕事に来れないし、笑ったりできない。」の意味だったようです。

彼女には悪意はなかったと思います。

でも、私の中では今でも忘れられないすごく傷付いた言葉でした。

「強い」とか「耐えられない」とか言われても、実際、弟は死んでしまって、もうどうやっても戻ってこない。せめて現実逃避したくて、泣かないよう笑顔でいようと必死でした。

それを「強いね」って言われたのはすごくすごくショックで、決して恨んだりはしていないけれど、どうしても忘れられない言葉です。

ずっと当然のように傍にいて、仲良かった人が、ある日突然自殺してしまって…、そんな状況に耐えるなんて難しい。でも、耐えるしかない。どうしようもないんだから。

自死遺族だからって、会社でも家でもずっと泣いたり、落ち込んだり…、不幸だって思ったまま生きていく方がずっと辛い。

自死遺族だって、幸せになりたいから、幸せになるために必死で苦しみから抜け出そうとしているんだって。

だから遺族会で話したりしてるんだってこと。

こんなこと、普段主張なんてしないけど、自死遺族の人も、どんな形であれ、今どんな状況であれ、生きていく以上、他の人と同じように、幸せになりたい、って思ってると思います。
[2013/08/19 12:55] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
「罪悪感」
弟が亡くなった時、しばらくは「自分があの時…」「弟は自分のせいで…」と自分のせいで死んじゃったんじゃないかと罪悪感が消えませんでした。

いくら周りの人や専門家が何と言おうと、本に何て書かれていても、一瞬「そうかあ。」と納得しても、すぐに罪悪感は戻ってきて、心から罪悪感がなかなか消えないままでした。

時が経ち、今は罪悪感から解放されました。でも「後悔」は残ったままです。

先日、ずっと前に「罪悪感」について書いたメモを読み返してみました。

自死遺族が「罪悪感」を感じるのは、癒しのプロセスの中のひとつで、段々消えていくものだ、と専門家の話でした。

それが消えないと様々な形で、自虐的行為や、精神状態として現れてしまう、と。

また、「罪悪感」は自分を罰しようとする自虐行為で、そこからは苦しみ以外何も生まれない、とある本からの引用でした。

私がいくつかの依存症になり、そこから抜け出せなかったのも、自分では「ストレス発散」のつもりだったけど、負の連鎖に陥っていくばかりだったのは、ある意味「自虐」だったのかなあ、とふと思いました。

当時は読んでも心がついていかなかったけれど、今は解るようになったのは、以前より弟のことを穏やかに考えられるようになったからなのかな゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚
[2013/08/19 12:35] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
分かち合いとは
「分かち合いの会」は、参加する人が、スタッフ含め、幸せになるためのプロセスだと思っています。

幸せになるために、遺族の死に蓋をする人、思い悩む人、根本的な解決を求める人…色々な考え方があると思います。

蓋をうまく締めることで幸せに向かえる人は、遺族会に参加したり、蓋をこじ開けなくてもいいと思います。

感情が縺れて、救いが欲しい人、同じ経験をした人と話したい人、解決方法の糸口を見つけていきたい人、そういう人にとって、「分かち合いの会」はひとつの手段だと思います。

また、プロのカウンセラーと話をするのもひとつの手段だと思います。私も行ってみようかなあ。

ある遺族会が合わなくても、他の遺族会が合う人もいると思います。「分かち合い」の場は、探してみると意外とあるもんですね。自分に合う遺族会がひとつでも見つかったら幸せなことだと思いました。

なんか仕事や人間関係みたい。10あったら、1個自分に合うモノがあるぐらいで、9は合わないもんだ、って考えるぐらいが気が楽だぁ、って思います。ってゆうか、自分に言い聞かせてます。
[2013/08/11 11:56] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
for sibsの在り方
先程、for sibsの今後について告知させていただきました。

地元の遺族会に何度か参加し、「同じ立場」なら分かち合える、そう思っていたのですが、最近、世代の違う同じ立場の人とは、なかなか分かち合えないと何度も実感しました。

はじめの頃は世代が近かったから、分かち合えた、のかもしれません。そういえば、立場が違う子もいたなあ。

世代によって、環境や考え方は違ってきます。その中で、より柔軟性のある方と話をできるのは楽しいです。考えが凝り固まってしまい、人を否定することしかできなくなってしまった人と話すのはしんどいです。

逆に、立場が違っても、世代が同じで、柔軟性を持ってお互いに耳を傾けることができれば、お互いにとって、分かち合いが心地よくできるかもしれない、と思いました。

いろんな遺族会のスタッフの方に話を聞くと、やはりなかなか「難しい」のはどこも同じで、ベターを考え、奮闘してくださっているようです。

名古屋には、大きな遺族会、親の会、遺族ではないけれど親しい人を亡くした方の会など、比較的多くの会が存在しています。

その中で、ちょっと気の抜けた、兄弟姉妹を亡くした人+α同じ世代で違う立場の人との語り合いの場があってもいいな、というより、自分が楽しくできるやり方を考えると、こんな感じになりました。

゚・*:.。.゚・(PД`q)・゚...。.:*・゚゚・(*´`*)★*:.。..。.:*・゚ ゚


[2013/08/11 11:39] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
for sibs今後の在り方
for sibsの「分かち合い」のやり方を今後変更することになりました。

◎自分たちがムリなく継続できることを
◎私達含め、参加者が皆気楽に楽しめるよう

以下のやり方に変更します。

普段私達は、都合のよい日に、一緒にカフェでランチをしながら話をしています。月一回のときも、数ヵ月に一回のときもあります。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚
これの延長上で
◎一緒に食事やお茶をしながら話をする。お互いにリラックスして思いを話せるよう、私達二人含め、四名までとさせていただきます。

亡くなった兄弟姉妹の話を中心に話しながら、自分の悩みや、その他好きな話もします。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚
◎基本的に、こちらから「日時や場所の告知」はしません。一緒にランチなどしてみたい方、ぜひご連絡ください。このブログの「問合せフォーム」かfor sibsのアドレス「forsibs@gmail.com」に連絡ください。

その際
*名前(ニックネーム可)
*どなたをいつ頃亡くしたか
*年齢(○○代前半なども可)
*性別
*お住まい(○○市程度)
*私達に会ったことがあるかどうか
*私達二人+ご自身の三名で話したいか、もうひとり別に希望者がいたらその方も含め、四名で話したいか
*現在の心境。どんな感じの話をしたいか(思い出話をする程度/まだまだ辛いから思いを話したいし、泣きたい/悲しいときもあるけど、以前よりは苦しみは減った。同じ遺族として色々話したい…等々何でもよいです。)

メールのやりとりで、お互いに都合のよい日時や場所を決めていきたいと思います。因みに私達は、普段は名東区方面でランチしています。名古屋市外など、名東区までは…という場合は、お互いに来れそうな範囲で考えたいと思います。

◎基本的には、世代の近い(20~30代)兄弟姉妹を亡くした人同士での「分かち合い」を考えていますが、「場を居心地よく共有できる気楽な」会にしたいので

◆立場が同じでも、世代が違う場合、メールでやりとりする中で、「話し合えそうな人だな」、と判断したらぜひ場を共有したいです。逆に「分かち合えそうではない」と判断した場合は、お断りさせていただく場合があります。これは、お互いにとって「不幸な場」にしたくないからです。

◆逆に、立場が違う遺族の方でも、世代が近く、「分かち合える」と判断した場合は、ぜひ一緒に場を共有できたらと思います。

なるべく隔離された席のあるカフェなどで、話ができるよう考えています。季節によっては、公園などでランチ食べながらとかもいいな、と考えています。他に案があれば提案歓迎です。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚
ゆったりお互いの話に耳を傾けたり、泣いたり、もらい泣きしたり、共感したり、笑ってたり、お互いの悩みや苦しみがちょっとだけでも解決できるよう一緒に考えたり、そんな場にしたいです。「熱く語りすぎる」場、討論は考えてないので
゚・*:.。..。.:.゚・(PД`q)・゚.*・゚゚・(*´`*)★*:.。..。.:*・゚ ゚こんなイメージの「分かち合い」を希望される方は、ぜひ連絡ください。

参加費は、交通費と食事代など自己負担以外は一切ありません。

質問等あれば、気軽に問合せてください。
[2013/08/11 11:16] | 会のお知らせ | トラックバック(0) | コメント(0) |
タイムトラベル
今日、ずっと手付かずだったクローゼットを整理した。

小さい頃から大学の卒アルまで、いろいろとってあったもの。

あえてとっておいた、というより、捨てずにそのまましまってあった。

段ボール箱から出していくと、私が小さい頃に書いた宿題の日記や、弟の読書の感想文の宿題など出てきて、読んでいたらまた涙がとまらなかった。

弟がまだ小2ぐらいで書いた感想文の中に、「ぼくは男の子だからお姉ちゃんを守れるようになりたいです。」

私の日記の中に、「○○くん(弟)はかわいいです。」

弟と過ごした日がいっぱい書いてあって、結局今日は朝から昼まで泣きっぱなしだった
.゚・(PД`q)・゚.

そして、不思議なものを見つけた。すごく古い紙。古びてて、字体もなんか今と違う…。

開いてみると、戦時中のものが!内容は、よく分からないけど、成績表と兵士としての階級が書かれていて…。でも全く知らない人の名前。身内も心当たりない名前。

誰なんだろう?なんでこんなところにあるんだろう?年令を見ると今の中3ぐらいの男の子。身長は143センチ、体重36キロ。衝撃を受けた。それでも兵士の「資格あり」。当時はそれでも普通だったのか?日付を見ると大正時代。

ほんとうに全く心当たりがない…。誰なんだろう。

今日はいっぱいタイムトラベルをした気がした。

[2013/08/06 19:55] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
原爆。
原爆記念日。被爆者の体験談が何ヵ所か載っている。

今日は朝からその記事を読んで泣きまくりました。

戦争の話はたまに新聞に載っていたり、テレビで放送されているけれど、よく聞くのが、「被爆した人々や戦争を体験した人々はその体験をあまり語りたがらない」ということ。

「戦争の悲惨さを後世に語り次いでいってほしい。」という理由で、老年期はじめて語る人もいるとも聞く。

私達は、戦争を体験してきた人々や戦争で亡くなった人たちの犠牲があって、生きている。

いつか、その戦争を体験した人たちがもっと年をとって、戦争体験者がだれもいなくなったときのことを考えるといつも怖くなる。「現実」ではなく「神話」になってしまうのが。

かといって、私は何か活動するわけでもないけれど、個人的に、戦争に関する本や映画はいくつか毎年見るようにしている。

でも、どうしても「火垂るの墓」は辛すぎて最後までちゃんと見れない。でも見なきゃと思ってあえて海外版で見てみる。それでもやっぱり見れない。

「体験談をあまり語ろうとしない」理由は、私には想像はつかない。うちの祖父もあまり語らなかった。語ってくれるときも、ちょっと冗談混じりに軽く話していた。

自死遺族と少し似た感覚なんだろうか?同じ体験者同士では話せても、外部にはなかなか話せない。

今日の新聞の戦争記事の側に、自殺の記事があった。

どれだけの人がこれらの記事に目を通すんだろう。

ちょっと悲しかったのが、テレビで戦争を扱う番組が、今日でさえ数少ないこと。もう少し放送してほしかった。

去年お昼にやっていた「ぼくの夏休み」という、現代の小学生の兄弟が戦時中へタイムスリップするドラマの第一部はすごくよかったし、好評だった。第二部はドロドロ昼ドラマに話が滅茶苦茶になってすごいガッカリだったけど。

今後、戦争への関心は、戦争の名残が消えていくのと同時に減っていってしまうんだろうか、と思うと悲しいことだと思う。

自死や自死遺族に対する認知度や世間の見方はどうなっていくんだろう。
[2013/08/06 09:04] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
夢。
弟が夢に出てくるといつも、「あれ?死んだはずなのに…生きてたんだ。嬉しい」って思います。

一方、亡くなった祖父が夢に出てくるといつも、「祖父は生きている。」のが前提、というか「亡くなった」という感覚がないまま普通に出てきます。私は祖父が大好きで、今でも生きてるような気がします。

勿論、弟もかけがえのない存在で、大切でかわいくて仕方ありません。でも亡くなったのは夢でも気付いてます。

なぜだろう。

不思議です。
[2013/08/04 18:43] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
手紙。
e-mailが主流になり、手紙を書く機会もかなり減ったご時世。

気が付けば、読めるけど書けない漢字が増えている…。

最近、手紙を貰う機会が多くあり、やはり直筆は相手の気持ちが伝わってくるようで暖かみがあるなあ、と感じ、読みながらめっちゃ泣くこともあります。

e-mailもSNSも便利で、そうでなければ知り合えない人とも知り合える、利点たくさん。

一方で、遺族会のような分かち合いの会はやはりSNSだけでなく、対面して、直接相手が発する言葉を聞けることに意味があると感じます。

人それぞれだから、勿論SNSだから言える人もいると思うし、それも尊重すべき意見だと思います。

でも私は、for sibsとしてやっていく以上はやはり対面して、分かち合いをすることを大切にしていきたいなあ、と思います。
[2013/08/04 18:36] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロフィール

for sibs

Author:for sibs
for sibsとはfor siblings(兄弟・姉妹たち)の略です。自死遺族は一人一人さまざまな想いを抱えています。私たちはここ名古屋で、兄弟・姉妹を亡くした人たちのアウトプットの場所を作ろうと思い、自死遺族の二人でこの会を結成しました。

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※誹謗、中傷はご遠慮願います。又、私たちスタッフはカウンセラーや臨床心理士などの医学的プロではなく、あくまで自死遺族のひとりです。メールでのカウンセリング的な相談、質問等には一切お答えできません。また、そのような主旨の内容のメールには一切返信しませんのでご了承ください。

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