for sibs ~兄弟姉妹を自死で亡くした人の語り場 in Nagoya~
私たちは兄弟姉妹を亡くした人同士の「分かち合い」の会の主催を目的として立ち上げた任意団体です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 |
またいじめで…
最近、「いじめで自殺」のニュースがまたあった。最近は報道されるけど、実際は昔は隠していただけなのか、本当になかったのか?

そして学校側は事実を認めない。体裁?

いじめる側は「死」の意味が分からないのか??

いじめられる辛さは、「死にたい」って思うぐらい苦しいこともあるけど、いじめる側は「あそび」「ストレス発散」ぐらいにしか思ってない。

もし、いじめられた人が耐えて生きたとしたら、いづれ不幸になるのは「いじめる側」だと思う。

というより、「いじめる側」は哀れだなあ、不幸なんだなあって思う。他に楽しむ方法が分からないのかなあ。

いじめられた側は、「痛み」を経験する。もし、そこで「仕返し」としていじめる側に回ったらそれもまた不幸。学習できてないなんて人間として…。

そうではなく、「辛かったから自分は絶対いじめない」と思えたら、人として成長していくと思う。

いじめで自殺してしまった人には、その後、もっと楽しい未来があったかもしれない…。そう思うとそれが消えてしまったのが悲しい。

私は、中1のとき、いじめの加害者だった。そして、その被害者と次の学年でも同じクラスになり、「殺意?」というぐらい執念で今度は私に仕返ししてきた。私は中2の一年間、クラス全員に集団無視された。辛くて遺書書いたことも、学校休んだりしたこともあった。

三年生になり、クラスが別になってもわざわざうちのクラスにきて、私を集団無視するよう指示してきた。ただひとり、「私にはそんなことする理由ない。」と言った子がいて、いじめはなくなった。けど、執念深さは半端なく、そのあとも、何回か私をいじめのターゲットにする努力がんばってたみたいだけど。

いじめの加害者、被害者の両方になって、その温度差が分かった。後遺症として「人間不信」はなかなか消えなかった。

けど、きっと神様が、私が加害者になってるのを見て、「人間らしくなりなさい。」って雷を落としたんだと思う。もし、ずっと加害者だったら、人間として成長してなかったと思う。

いじめは辛かった。でもそれがなかったら、今、人間の着ぐるみを着た人間じゃないものになっていたかもしれない。

加害者のままじゃなくてよかったと思う。

だから、いじめで死を考えてる子には、自殺してほしくない。きっと、加害者より幸せになれる。

私の場合、自分が招いた原因があった。今いじめられている子の中にも何か原因があることも、理由のないいじめもあると思う。

「友人も裏切る」「周りは傍観してるだけ」と、「友人は味方でいてくれる」「傍観してる中からアクションをおこしてくれる子がいる」この差もすごく大きいと思う。

そして、いじめなんて多感期でおしまい。

それこえていじめがあるとすれば、いじめる人はきっと不幸な人生で、それ以外生き方が分からないんじゃないかと思う。もっとたのしいことたくさんあるのに知らないか、そっちを大切にできないなんて…。外側だけ老いて、中は…残念ながら…。

いじめなんてくだらねえ。一言そう言いたい。たくさん書いたけど。
スポンサーサイト
[2013/07/26 07:55] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
兄弟いる?
自死関連の本に、「兄弟姉妹」を亡くした人について書かれている本が見つからない…。

ところで、何気ない「兄弟いる?」の質問に、なんて答えるかいつも迷う。「弟がいます。」「ひとりっこです。」「どう見える?」いろんな答えを用意しておくけど、この、悪意のない質問は、答える方の心に剣を刺される感じ。

でも仕方ない。きっとこの質問に限らず、差し障りがないと思う質問でも、相手には痛いことって意外とあるかもしれない。「当たり前に持ってる」ものは人によって違うのだから仕方ないね。
[2013/07/26 07:03] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
本当にすいませんでした。
本日は、本来なら第一回分かち合いの会の日でした。
以前告知させて頂いた通り今回の会は中止させて頂いたのですが、(こちらの記事参照→http://forsibs.blog.fc2.com/blog-entry-42.html#more)今謝罪の為に和室1に来ています。
こんな日に限って道に迷ってしまい、、、開始時間ぴったりに着くという…運営者失格なのですが、
とりあえず来て頂いていた方に直接お詫びが言えて良かったと思っています。
同時に、受付と和室を往復したりバタバタしていて、すれ違いでお詫びが言えなかった方がいらっしゃったのではないかととても心配しています。

せっかく予定を空けて頂いた方、
わざわざお越しいただいた方、
いや、私たちの会について少しでも考えて下さった方、
心から、本当に申し訳ないです。
第一回目から勝手を言いまして本当に信頼をなくす様な事をしたと反省しています。

皆様の信頼を取り戻せる様に努力いたします。

メンバーはお陰様で少しずつリハビリにはげんでいます。
相方の私も会えない日が続いていて不安な日々を過ごしています。
また元気な姿で皆様にお会い出来ます様に。
[2013/07/21 14:00] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
自ら死を選ぶことは…
前回のブログを書いていて思いました。

自ら死を選ぶのは、人間の本能のひとつなんでしょうか?動物の本能なんでしょうか?人間だけ?

着色もあるかもしれないけど、武士の時代の時代劇見てても、また平安の源氏物語読んでも、自ら死を選ぶ場面が出てくる。

やはり自死をなくすのは不可能なんでしょうか。自己防衛のひとつ?誰かや何かを守るための本能?わからない。

ただ、近しい人が悲しむのは変わらない、ことだけは分かります。

悲しいことだなあ。
[2013/07/19 08:04] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
月。
私は月を見るのが大好きです。同じ月を世界の人々が見てるのは今でもすごく不思議。

同じ月なのに毎日カタチを変え、幻想的すぎて感動しまくりのときもあります。特に昨日の月は幻想的すぎました
(*´`*)☆

月を見ながら弟のことを考えます。こんな美しいものを弟はもう見れないんだな…。死ぬってそういうことだんだと実感します。

景色に感動したとき、おいしいものを食べたとき、爆笑したとき…何か幸せな瞬間に、「あぁ、弟がここにいたらなぁ」と思います。

たまに、仮に生きていたとしてもめったに行かないだろう何泊かの家族旅行の妄想をしたりします。祖父母がいて、弟がいて…、亡くなった家族含め皆で行く旅行。

キッチンの、6人分だった椅子も今は2人になりました。それを思うと寂しいなあ、と思うけど、亡くなった祖父が生前言っていたように「生きてる者のことを考えて生きてかなかん」は我が家や親戚の心にすごく残っています。

戦争を経験した祖父ならではの思いもあったと思います。祖父から戦争の話をたまに聞いたけど、「多くを語らず」でした。語れない思いがあったんだろうと思います。

戦争中の言葉で聞く「自決」は「自殺」と全く違う意味があってどっちも悲しいことだけど、死に向かう人の思いも全く違うものだっただろう、と深く考えてしまうことがあります。結果的に亡くなってしまうことは同じだけど…。どの時代にも死ぬ以外の選択肢がない、時代背景が変わってもそこは変わらないのは悲しいことだなあ。
[2013/07/19 07:52] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
遺族会を運営するということは…
遺族会で難しいと思うのは、運営するために立ち上げること以上に継続していくことだと思います。

ありがたいことに、名古屋にはとてもいい遺族会があり、5、6年前頃から、何度も参加し、癒されてきました。その中で仲良くなる人もでき、個人的に遊んだりする人も増え、私にとって欠かせない場でした。「自分の居場所」が見つけられた、そんな感じでした。

でもそういう仲良しも今は遺族会に誰も参加していません。そして、数年前から、私自身も遺族会に出ても、う~ん、なんか…ということが増え、「自分の居場所じゃなくなった」気がしました。

それは、私自身がこの遺族会に何度も参加し、心の内をさらけ出し、たくさん泣いて、同じ経験をし、思いをした人がいることを知り、癒されてきたからだと考えています。

遺族の思いは、年月と共に変化していきます。だから、あれだけ苦しかった時期を経ながら、決して癒されきれなくとも、癒されていくから生きていけるのだと思います。

そんな中、この遺族会は長く続いていて、運営する方々はすごいなあ、と思います。

自分が遺族会を立ち上げてみてはじめてそう思いました。

運営側だって同じ遺族です。気持ちに変化だって出てくると思います。それでも特に「日本有数」と言われるレベルでずっと運営できるのは、ほんとうにすごいと思いました。

参加者が知らない苦労はたくさんあると思います。参加者は、メンバーが自由に、立ち代わり入れ替わっていく、ある意味、この遺族会のお陰で巣立っていける。

けど運営側は同じ遺族でありながらずっと遺族会に参加し続ける。偽善でもなく、ここには何か強い信念や思いがあるからできるんだろう、と思います。ほんとすごいと思います。彼らには優しさが溢れてると参加する度感じていました。

さて、私達はどうしよう。ゆるく、まったり継続できる。構えないカタチ。それが今のfor sibsにはちょうどいい感じ。ある方に、「ふたりいたらそれでfor sibsじゃん」みたいなことを言われ、その言葉に感動し、相方に伝えたら、相方も感銘を受けていました。そうだね~、うちんらだけですでに幸せは存在しているんだ。欲張りすぎる必要ないね~って感じに、肩の荷が降りた感じです。

ただ、for sibsはふたりだけで完結する意味ではありません。参加したい人にはぜひ参加してほしいです。今、それを発信できるレベルになるよう、私達のカタチをゆっくり考えて中です。

一応、「全国自死遺族会連盟」なるものには登録はしたい。可能なら。私達の考えるカタチでNo~。と言われたら…まあいっかあ。

by ichika

[2013/07/19 07:25] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
思い遣り。
「思い遣り」ってすごく難しいことだと個人的に思ってます。

思い遣りのある人は、自分では「思い遣りがある」なんて思ってないと思う。

個人的には「思い遣り」は「想像力」だと思うんです。自分にない世界のことをどれだけ想像できるか。

だから「想像力」=「感動」=「感性」→優しさに繋がって、これが強いほど、理不尽なことに、人の痛みにも苦しんだり、他の人がなんとも感じないことにもいろいろ敏感で、そうすると、「あっけらかん」となれず、「世の中への絶望」を感じて、だから感性のある芸術家には自殺する人が多いのかな、と思います。自分の才能に限界を感じて、それを許せず絶望して自殺してしまう芸術家がいるように。

基本的に、自死を選ぶ人はそういう感性的なものが強いんだと思います。

同じものを見ても感動しない人、同じことを経験しても何にも感じない、または「まあいいか」って思う人。極端な話、誰かを傷付けて、誰かを犠牲にしてものうのうと生きてる人もいる。

なんて矛盾なんだろう、と思います。

私は、思い遣りのある人:ない人=3:7ぐらいにかなり醒めた見方をしてしまいます。

外に出ると、電車やバス、店、自分勝手な人が多いなあ、って思ってしまいます。弱者に席を譲らない人、店の試着室では、家族でファッションショー&写メ。そしてそういう人が図太く、「自分は正しい」なんてのうのうと生きてるのに、なぜ気遣いする人が自死してしまうんだろう、って悲しい。

「考えすぎ」ても「考えなさすぎ」ても…
( ´△`)

ほどよく楽観的に、思慮深く生きる、そういう生き方の人に憧れます。

by ichika
[2013/07/18 08:09] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
第一回分かち合いの会についてのお知らせ
皆さんに告知しなければいけない事があります。
申し訳ございませんが、7/21に開催予定であった第一回分かち合いの会は中止させていたただく事になりました。
メンバーが救急車で運ばれ入院し、なんとか無事に退院したものの、
今の状態では会の運営は不可能と判断致しました。
ご迷惑とご心配をお掛けした事を深くお詫び申し上げます。
現在、今の私たちの心身状態で可能な今後の会の在り方、運営方法を検討中です。
まだ立ち上げたばかりで、しかも突然の事で勝手を言いますが、これからも何卒宜しくお願いします。

本当にすいませんでした。
続きを読む
[2013/07/17 02:07] | 会のお知らせ | トラックバック(0) | コメント(0) |
お盆
お盆が終わりました。

私達の地域はお盆は一ヶ月早いのです。

茄子で作った馬で無事帰れたでしょうか。

私達の地域、といっても名古屋はお盆は8月のはず。私は岐阜のある地域に住んでいますが、ここでは昔からこの時期にお盆を迎えます。灯籠流しもこの期間です。

お盆は、考え方はハロウィンにちょっと似てると思いますが、和は静かに、洋はフェスティバルになっているところが、文化の違いがあって面白いなぁ、と思います。ただ、ここでいう「死者」の考え方も違うので、またいろんな背景も違うので、ふたつは別物かもしれませんが、ちょっとだけ似てるな、って私の独断と偏見です。

祖父母と弟は無事帰れたかなぁ。一つの馬に三人乗ってるのだけど、親が心を込めて作ったので、きっと無事帰れた☆と思います。弟は茄子に乗った王子とモテてるはず★

なぜかわからないけど、弟はあの世では、月の近くで、祖父母と一緒にこたつに入ってみかんを食べて過ごしているイメージが、弟が亡くなってからずっとあります。

なぜだかそんな気がする。不思議。
o@(・_・)@o。

[2013/07/15 12:11] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
弟の写真
弟が亡くなってから、今もまだ、仏壇には弟の遺影は飾っていない。

仏壇の中にしまってある。親にとっては、飾ることはまだできない、から。

私は自作で弟の写真集を作っていて、たまに見る。小さい頃から亡くなるまでの24年間分のミニアルバム。

最後のページには、弟のお気に入りのネックレス、亡くなった時もつけていて、焦げてしまっている。

もうひとつは弟のたった二語の直筆。

今日は久しぶりにそのアルバムを見た。アルバムの弟はどれも幸せそうで、きっと亡くなる前日まで、いや亡くなった当日の朝でさえ、自分が「今日亡くなる」なんて思ってなかったんだろう。

アルバムを見ると泣いてしまうことは分かっているけど、でも見てしまう。泣いた分、ちょっとずつ癒されていく気もしないでもない。

by ichika
[2013/07/13 15:38] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
デジタルすぎて「幸せ」を見失うと怖いなあ。
「幸せの定義」って難しいと思います。

便利なものが増え、生活が楽になるほど、「当たり前」のものが増えます。初めは「便利」だったものが「当たり前」になっていく。「なくて当然」だったものが「ないと不便」になっていく。

人って、気付かないうちに贅沢になっていて、特にこの情報伝達のスピードや情報入手に関しては、すごい発達をしているので、どんどんアナログが減っていきます。

それに気付いて自制できる人はいい。でも、そうでないと、デジタル、効率ばかり重要視して、人が人と直接向かい合う機会が減っていってしまう気がします。

また、人と会う機会さえも、目的は情報交換など、より効率的にしていくための手段になっていたり。

とても寂しいことだと思います。便利なものに「利用される」のではなく、「上手に取捨選択していく」スキルがないと、どんどん人とのつながりが希薄になっていきそう。

自死遺族の会でもよく聞くように、「人を癒せるのは結局は人。」だと思います。

デジタル化がどんどん進んだとしても、人間自体は進化なんてしないのだから、「アナログ」も大切にしつつ、「デジタル」の恩恵にもうまくあやかれる、そんな風に自分で選択していけるのが、「幸せ」に繋がるひとつの方法だと思います。

だから、そこにも「遺族会」の意味はあると思います。

[2013/07/12 05:41] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
『老人が医者に聞いた苦しみながら生きる意味』
ある文章でこんな話が出てきます。

とても仲が良い老夫婦の妻の方が亡くなった後、残された老夫が、ある医者に言います。

「先生、愛する妻に先立たれ、辛くて自分が生きている意味がわかりません。自分が生きることにどんな意味があるのでしょうか。」

それに対し、医者は、「では、もしあなたが先に亡くなり、奥さんが残されたとしたら、奥さんはどう感じたと思われますか。」と質問します。

老人は、「きっと私が苦しんでいるように、妻も苦しんだと思います。」

医者が言った答えは、「あなたが生きる意味はすでにそこにありますよ。もし、あなたが先に亡くなっていたとしたら奥さんが背負わなければいけない苦しみをあなたが背負うことで、奥さんから苦しみを解放してあげてるんですから。」

老人は涙を流し、医者に「ありがとうございます。」と言った。



これは自死遺族の話ではないけれど、同じことが言えるかもしれない、と思いました。

「仮に死んだのが自分だったとしたら、生き残っていく弟は、その苦しみや悲しみに耐えて生き延びてくれるだろうか。」

自問自答の答えは、「生きていってくれるかもしれない。でももしかしたら、この先もずっと残る辛さや悲しさを抱えながら、生きていける力があるとしたら、自死はしなかったかもしれない。」

ひょっとしたら、自死遺族も、亡くなった本人からそんな苦痛や悲しさをなくしてあげられた、といういう意味で、私達自死遺族が生きる意味が、そこに、片隅にあるのかもしれない、そんなことをふと思いました。

[2013/07/12 05:16] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
for sibsはどんな遺族会にしていこうか。。。
前々回よりお話したように、「遺族会」といっても、様々なカタチが考えられます。

私の知る限りではある一定の方向性が遺族会の多くの占める割合な気がします。簡単に言うと「興味本意だけ」で来れる場所ではなく、そういう人は比較的に少ないこと。特にデータに基づいてないので、私的ワールドですが。

とはいってもうまくまとまる遺族会はなかなかなく、主催側はなんやかんや解決していく問題がいろいろでてくると思います。

いろいろな状況を考えると、実際運営されている方達のように悪戦苦闘しながらやっていく、そんな器は私にはありません。私は、せいぜい流し台にプカプカ浮かぶ一寸法師の乗ってるお椀、いやおちょこ程度の器です。

そんな自分にもできる遺族会のカタチ、それは「十人十色」より「三、四人二色以下」ぐらいの、どちらかといえば気軽に話す、そのぐらいの遺族会を望んでいます。

今流行りの「女子会」じゃありませんが、一緒に兄弟姉妹の話をしたり、ちょっと脱線したりしながら、お互いに悩みや辛いこと、悲しいことを話す、そんな遺族会があってもいいんじゃないかな…、と思うようになりました。これはすでにmimiさんとやっていることで、その延長線上にfor sibsがあってもいいのかな、って。

ちなみに…、まるで自分の案のように書きましたが、お二方のアドバイスのもと、考えたことです。お二方さま、ありがとうございます
(*´`*)☆

by ichika
[2013/07/11 09:07] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
遺族会とタイミング2)
遺族会に参加してよかった人ばかりではないと思います。二度と来ない人もいると思います。逆に毎回来たい、と思う人もいると思います。

これは仕方ない、避けようのないことです。「遺族会」には「自死遺族」という共通点を持った人が来るのは確かだけど、それぞれが異なる人間であり、遺族会に来る目的も異なるかもしれません。

ある人は、苦しくて、話したくても周りにはわかってもらえない、少しでも救われたい、かもしれない。

また、ある人はあまり深くは考えず、遺族会ってどんな感じだろ、と思って来るかもしれない。

また、ある人は同じ境遇の人と話すこで、心を軽くしたい、かもしれません。

だから、「遺族会」に合う合わないがあるのは避けられないと思います。
個人的には遺族会は、「ひとりで苦しんだり、悩んだり辛い思いを、また亡くした人の思い出を、普段なかなかわかってもらえない話を同じ境遇の人と分かち合うことで心がちょっと癒される」そんなイメージの場所です。

自分が「参加者」の間は、抜けるも来るも自由です。自分に合う遺族会を見つけて行ったり、またもしかすると遺族会という性質自体が合わないのかもしれないし。だったら行かなければいいだけ。

そして、「自分に合う遺族会」も、自分が癒しのプロセスを経ることで、いつかは「合わない遺族会」に変わっていくかもしれません。これはいいことだと思います。

遺族会は、「趣味のサークル」のような「わいわい楽しもう」という性質ではなく、ひょっとしたら自分が「不幸だ…」「救いがほしい」って思っている間だけ参加できる場なのかもしれません。だからある意味、遺族会から卒業できるのは自分が「幸せ」を感じれるようになったから、という人もいるかもしれません。

だからすべては「タイミング」なんだと思います。

by ichika
[2013/07/11 08:44] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
遺族会と「タイミング」1)
何年かの間に、たまに気の向くまま遺族会に参加してきました。

はっきりとは覚えていませんが、おそらく50%ぐらいの割合で、「行ってよかった」回がありました。

私の行っている遺族会は、全国でもかなりしっかりしたよい組織、と言われていて、実際私もそう思います。

ではなぜ自分の中で、満足行った回と、そうでない回があるのか。

それはすべて「タイミング」だと思います。

◎参加者の中に、「共感」をお互いにでき、遺族会をきっかけに仲良くなれた人がいた。

◎自分の頭の中が混乱していて、話したいことが纏まらないながら、話したいことがたくさんあって、それを分かち合いで言葉にすることで、自分の感情が見えてきた。苦しさが減った。

このようなときは「行ってよかったな。」と会に、またその会にちゃんと参加した自分にも感謝しました。



「行かなきゃよかった…」と後悔した回は

◎全く「共感」できなかった。また、してもらえず、話が理解できなくてその場に居られず、途中抜け出してしまった。

◎自分の中に、心から話したいことがなくて、周りに合わせて、とりあえず話をつないだ。



これらは「会」「私自身」どちらが悪いわけでもありません、と思っています。

「タイミング」というのは
◎亡くした時期
◎誰を亡くしたか
◎お互いの環境
◎話したいことのテーマ
◎世代間
◎当日の心境

そして、それらはたまたまそのときのグループのメンバーに、「分かち合える人」がいるかいないかに依ると思います。

私は、初めて参加した回で、たまたまとてもいい出会いがあり、その後数回も、出会いがあり、プライベートでも仲良くなった仲間ができました。

だから、「遺族会」ってそういうのが当たり前に思ってました。

でも、その後は何回参加しても「行かなきゃよかったな…」ということが多くありました。仲良くなった子達は遺族会自体には参加しなくなっていたし、何より、参加しても逆に気分が滅入ってしまって…。

もう行くのやめようかなあ、と迷いつつ、参加した時に、mimiさんとの出会いがあり、久しぶりに「共感」できる、という思いがありました。

そしてその後はまだそういう「よかったな」という回はなく、遺族会にもほんのたまにひょっこり行く程度でしたが…後悔。

おそらく、私が後悔した回で、逆に満足できた人もいれば、その逆もあると思います。すべてはタイミングだと思います。
by ichika
[2013/07/11 08:21] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |
for sibsの今後2)
「遺族会」や「コミュニティの遺族会」は数多く存在する。

自分が心安らぐところも、自分には合わなかったところもある。これは誰でもそうだと思う。

ただ、ひとつ言えたのは「名古屋にはまだ兄弟姉妹の自死遺族の会」がないということ。できたらいいなあ、そんな漠然な思いから、「立ち上げたい」という思いに至り、ひょっとしたら、自分が「心理学系に進みたい」と思ったのは、そのためだけだったのかもしれない、と思いました。

近郊にある遺族会何ヵ所かに参加し、遺族会ってこんな感じなんだなあ、と思いました。同じ立場人がいると共感できて、心が軽くなりました。立場が異なると共感できず、逆に苦しくなることもありました。

そして、「遺族会」といえばこのカタチ、というプロットタイプが当たり前のように無意識に存在していました。

だから、for sibsを立ち上げたときも、「兄弟姉妹の自死遺族の会」を作れば私も同じ立場の人も救われるだろう、と思っていました。

for sibsの構想を始めて、mimiさんと現実的に話し合いを始めてから一年弱。経験者の方々に助けられながら、そしてついに「分かち合い」を開催予定まで行きつきました。

そしてそんなタイミングで、よく行く遺族会に何回か参加したとき、ある違和感に気付いてしまいました。

「同じ立場=共感できる」とは限らない。」

同じ立場なのに全く共感できない。むしろ苦痛にさえ感じる。

そんなことが何回もありました。

その理由は「立場に関わらず、世代間のギャップは、共感に壁を作る」ということだと気付きました。

それは仕方ありません。同じ兄弟姉妹を亡くした自死遺族とはいえ、むしろそういう経験がなくとも「世代格差」というのは何処にでも存在する。ただ、世代を越えて「理解し合おう」とする人同士だけが、壁を低くする。

残念ながら、同じ立場でも、例えば20代の人と50代の人が、「共感し合える」、少なくとも「双方が理解しようと耳を傾ける」ことはとても難しいことなんだ、と気付きました。

ただでさえ、皆救われたくて遺族会に来ているのに、そこで「理解不能」のことが多ければ、救われるどころか辛くなる…。

悩みました。「分かち合い開催」まで行き着いた矢先に、「自分にはジェネレーションギャップによる理解不能さ」を受け入れるだけの余裕も、気力もない。

自分がやりたいのは「わかる、わかる、そうだよね。」「こんなときどう思う?」「あのときすごく辛かった。」そんな話や、兄弟を亡くしてからどこか変わってしまった自分の精神面や価値観を話し合ったり。普通に将来のことや趣味の話をしたり。

そんな仲間と出逢えたら、ただそれだけだったんです。

「理解し合おう」という気持ちがある限りは、世代なんて関係ない、そう思っています。世代が違うからこそ相談できること、自分とは違う視点で話してくれてそれで心が軽くなることもあります。実際、私には兄弟を亡くした年配の方で、自分にとって「師匠」と思うぐらいの人がいて、悩んでひとり追い詰められると、よく相談をさせてもらいます。その人には何度救われたかわかりません。

でも、そういう人はおそらく少数派ではないかと。だってみんな救われたくて自分のことに必死なのだから。また、必死でなくとも、逆に考えが凝り固まりすぎてる場合もあると思います。

結局のところ、自死遺族の会は有意義な存在だけど、それがいつもだれにとっても気持ちよく帰れる、とは限らない。

そして何より、各地で遺族会を継続主催されてる人たちのように、そのような問題をひっくるめて、それでもそれに対処していけるだけの器やモードが私にはない、ということが分かりました。

その結果、そう考え始めてから毎日苦痛で、ストレスがどんどん増える一方でした。

このまま、当初の構想通り続けても、まず自分自身が救われない。それどころかもっともっと追い詰められてしまう。

だから、無意識に存在する「遺族会とは」のカタチの固定観念を取捨しながら、もう一度、for sibsの在り方を考え直したいと思います。

そう考えると、私は「臨床心理士」なんてとてもつとまる器じゃない、と気づけてよかった
(*´`*)
なんて思ってしまいました。

自分が癒されてないのに、人を救おうなんて私には無理みたい。自分が救われたい。for sibsに望むのは、ただそれだけなんだと実感
(*´`)!

by ichika
[2013/07/07 05:22] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
for sibsの今後1)
兄弟姉妹の自死遺族の会を作りたい、そう思ったはじめのきっかけは、弟を亡くしてから特に、心理学に興味を持ち始め、数年前、「心理学」を学ぶためにもう一度大学に行き、大学院に行き、「臨床心理士」の資格をとってカウンセラーになりたい、と思ったことでした。

自分の専攻してきた学部とは全く違う分野に進学することには抵抗はありませんでした。

あれこれ調べ、志望校も決めていた状態で、ふと気付きました。

「なぜ私は臨床心理士になりたいんだろう。」

「カウンセラーとして人の心を少しでも救いたい。」

いや、これは私の本心ではないことに気付きました。私の本心は、「苦しんでいる人の話を聞き、分かち合いことで自分が救われたい」だったと。

つまり、「共感」によって自分が救われたいのだと気付きました。

そんなとき、ふと「だったら、臨床心理士にならなくてもできるじゃん。まだ兄弟姉妹の自死遺族の会は名古屋にない。私がやりたいことは必死で勉強して『臨床心理士』になることではなく、単に自分が救われる場が欲しかったんだ。」と気付くと、心理学系へ進学するという数年の夢はあっさり消えました。

by ichika
[2013/07/07 05:15] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
「手放す」ということ
何かを「手放す」って人によって難しかったり、簡単だったり。

「迷った」ものを取っておく人、捨てる人、ここはほんと人によって違って、意外な人が意外な選択すると、意外な一面、なんて思ったり。

私は基本的に「いるものだけ取っておく」ので、他は処分しちゃいます
(*´`*)☆

でも、一度だけ「使わないけど捨てたくない」ものがありました。

弟が亡くなった後の弟の部屋。私はそのまま残したかった。ベッドから出たままの布団の脱け殻や、散らばったCDやレコード、大好きだった服…。弟の気配が残る気がして。

結局、ほとんどすべて「形見分け」のかたちで処分しました。

「残しておくということはいつまで経っても苦しいよ」という意見を聞き、今は私が弟の部屋を使ってます。

でも、今でもたまに今まで何年も気付かなかったのに、あ、こんなところに汚れが、とかカーテンぼろぼろじゃん、とか。でも今はまだそのままにしておきたい。

私が残したものは
★私が選んだ弟の厳選写真集
★弟の直筆(たった2文字)
★弟にもらったピアス
★弟が普段から、また亡くなった時も身に付けていたアクセサリー

これだけですが、これが私にとって弟の生きた証。

部屋自体は、そのままにせず形見分けしたのは、今はよかったと思います。きっとこれも人によるんでしょうね。

by ichika
[2013/07/03 11:00] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
『生を死を見つめて』講演会
先日、地元で『生と死をみつめて』の講演会がありました。

自死も研究されてる京都大学の医学博士のお話だったのですが、今回は自死ではなく「終焉」についてのお話でした。

印象に残り、聞いてよかったと思う話がいくつもありました。

◎「終焉」というレベルになったとき、「延命を望みますか?」こんな質問がありました。

実際、医師の中には一日でも長生きさせてあげたい、という考えで、患者にとって苦しい治療をする人もいれば、治らないと分かっていれば、一日でも楽をさせてあげたい、という医師もいるそうです。

私たち参加者に、こんな質問がありました。

「もし、仮に耳がなくなってしまって、マウスの耳を移植できるといわれた。そしたら、それを望むか、音のない世界で生きていくか?」

二百人以上の参加者の中で、前者を選んだのは十人ほどでした。

また、こんな質問もありました。「もし、一生何も食べられなくなってしまったら、機械をつけて体に食べ物を入れて生き延びますか?それとも自然な死を選びますか?」

このような問いかけが複数あり、その先生が伝えたのは、

「どう生きるか、どう死ぬを決めるのは患者自身の意志であり、医者は選択肢を与えるのであって、強制するものではない。」

ということでした。

◎先生は、アメリカ出身で、見た目もアメリカンですが、日本に魅せられ、仏教を信仰されているそうです。その理由は、日本は、「死んだ後もその人と繋がってる」からだそうです。「仏壇」や「○周忌」などを通じて故人と対話することができる、というのに感銘を受けたとおっしゃていました。

そういわれてみると、「自死遺族の会」というのも、日本では多く存在し、亡くなった家族や大切な人の話をして、それぞれの遺族の頭の中では、生きた姿を思い出してるなあ。

「生と死」の選択は最近になって、「患者の心の在り方、幸せ」を尊重するようになってきているようですが、まだそれは「緩和ケア」に重きを置く少数派の医師のようです。

ミスを犯しても謝らない医者、患者を研究材料としか見てない医者、患者に心があることを忘れている医者がたくさんいるように思えます。

もちろん、患者の中にも「体のこと」だけ考えて治療を望む人もいれば、「心のケア」をより望む患者もいると思います。そのマッチングがうまくいくようになったら問題は緩和されるんだなあ、と思いました。

頭ごなしに、「こうしろ!」という医者、「患者との対話を大切にする医者」、講演会を聞いていたら、『白い巨塔』を思い出しました。

何事にもある程度「自信」があるのは大切だけど、「傲慢」になったらそれはどんな地位であれ、残念な人だと思いました。

by ichika

[2013/07/03 07:27] | スタッフのつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |
プロフィール

for sibs

Author:for sibs
for sibsとはfor siblings(兄弟・姉妹たち)の略です。自死遺族は一人一人さまざまな想いを抱えています。私たちはここ名古屋で、兄弟・姉妹を亡くした人たちのアウトプットの場所を作ろうと思い、自死遺族の二人でこの会を結成しました。

メールフォーム

お問い合わせはコチラ↓

名前:
メール:
件名:
本文:

※誹謗、中傷はご遠慮願います。又、私たちスタッフはカウンセラーや臨床心理士などの医学的プロではなく、あくまで自死遺族のひとりです。メールでのカウンセリング的な相談、質問等には一切お答えできません。また、そのような主旨の内容のメールには一切返信しませんのでご了承ください。

月別アーカイブ

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。